姓氏概説
姓氏の字形
「麴」は qū と読み、姓氏として用いる場合は「麹」に簡略化されます。
姓氏としての位置づけ
この資料集は「麴」(qū)を中国の姓名制度における現存する比較的珍しい姓として明記している。一方で漢族の姓とし、別の箇所では土家族の姓ともしているため、漢族だけの姓とは前提できない。
Qu / Qu
「麴」は qū と読み、姓氏として用いる場合は「麹」に簡略化されます。
この資料集は「麴」(qū)を中国の姓名制度における現存する比較的珍しい姓として明記している。一方で漢族の姓とし、別の箇所では土家族の姓ともしているため、漢族だけの姓とは前提できない。
この資料集が『漢書・王嘉伝』『元和姓纂』『資治通鑑』を引いて述べるところでは、麴姓は鞠姓からの改姓とされる。前漢の尚書令・鞠譚が事件に連座した後、その子の鞠閟が湟中へ避難し、西平に住んで麴姓へ改め、西平麴氏の一世祖とされたという。ただし、これは二次資料による伝聞であり、列挙された原典を直接検証したものではない。
同資料集はさらに、『姓氏考略』が『路史』を引いた記述として「魯の後裔に麴氏がいた」とし、「当系」という推定表現で姫姓に由来する可能性を示す。この説は推定を含み、確認済みの共通祖系とはみなせない。
この資料集は郡望として呉興と西平、堂号として恵政堂を明記する。堂号の説明は、唐代の望江令・麴信陵の善政と結び付け、祈雨への応験、生祠の建立、白居易による詩作などを記すが、いずれも同資料集による記述である。
この資料集によれば、宋代には歴陽(旧治は現在の安徽省和県)に麴姓が多かった。現在は山西省の太原・大同・陽泉・長治・呂梁地域のほか、河北省盧龍、四川省武勝・中江、北京などにも分布するという。年次を伴う人口数は示されていない。
漢代に麴演がいました。
この資料集は、麴義を後漢末の袁紹配下の武将、麴允を西晋末の金城出身の官人で長安防衛に関わった人物として、それぞれ記載する。両者が共通の系譜に属したとは記していない。
祖居地、村名、祖先の名と年代を起点に、系譜の書名・巻次・編纂年・所蔵番号を記録してください。同姓だけで同族とは判断できません。
以下の目録・データは姓の表記を確認するもので、すべての起源や系譜を証明するものではありません。
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